扱いやすい居合刀を手に入れたい

居合刀を購入するとき、ほとんどの方が自身の体格に合った扱いやすいものを入手したいと考えます。 この「扱いやすい居合刀」という価値を左右する要素はさまざまですが、もっとも影響力が強いのは刃渡りではないでしょうか。

刃渡りとは刀身の切先から棟区までの直線距離を指す寸法です。
ハバキの高さや切羽、鍔の厚みなどは含まれません。

刃渡りを検討するとき、自身の身長を基準にする方法と、リーチ(両手を左右に水平に広げたときの右手端から左手端までの長さ)を基準にする方法の2つが広く知られています。 なかでも個人的な感覚では、身長を基準にされる方が比較的多いように感じています。

刃渡りを選定する際に自身の体格の一部を基準にするのは、扱いやすいさ見栄えのためだといえるでしょう。
自身の体格に見合っていない長さの居合刀では、抜・納刀をはじめとした操刀のしやすさに悪影響が生じ、所作の見栄えを著しく損ねます。 また身体に無理のかかる居合刀を使用して怪我をしてしまっては意味がありません。
このような不都合を避けるため、自身の体格に適するように身体の一部を基準にして道具を選定することは当然の結果だといえます。

なぜ身長なのか

では、刃渡りの選定基準として、身長とリーチのどちらがより適正なのでしょうか。
身長を基準にする考えの起源は、ウィトルウィウス的人体図にあるのではないかと推測しています。

ウィトルウィウス的人体図とは有名なレオナルド・ダ・ヴィンチが描いた真円と正方形に男性の手足が内接した構造の人体図で、どなたでも一度はどこかで目にしたことがあると思います。 同図はプロポーションの法則人体の調和とも呼ばれ、人体のさまざまな比率を端的に表現しているといわれます。
このうち

「腕を横に広げた長さは身長と等しい」

という理論が、身長を刃渡りの選定材料として用いるようになったきっかけだと考えます。
現代人の生活のなかで自身の身長を測ることはそれほど珍しくありませんが、リーチを測定することは非常に稀です。何か目的がない限り自身のリーチを知る機会はごく少ないでしょう。 身長とリーチ、両者の長さが同じなのであれば、より馴染みのある身長を基準にする方法が一般的になることは自然な流れです。

本当にリーチと身長は等しいのか

この「腕を横に広げた長さは身長と等しい」という理論が本当に正しいのか、かんたんに確認をしてみました。 以下は1991-1992年に工業技術院 製品科学研究所が行った計測調査の結果です。

人体寸法平均(1991-1992)

身長

年代 男性 女性
18~29歳 171.4cm 159.1cm
60歳以上 158.9cm 146.8cm
平均 165.2cm 153cm

リーチ

年代 男性 女性
18~29歳 172cm 157.4cm
60歳以上 160.9cm 148.5cm
平均 166.5cm 153cm

このとおりわずかに違いはあるものの誤差といって差し支えのない範囲であり、確かにデータ上は「腕を横に広げた長さは身長と等しい」といえそうです。 しかしさらに調べを進めてみると、リーチ=身長とは容易にいえそうにないことが分かってきました。

例えば、白血病を克服して見事に東京オリンピックの出場を決めた競泳の池江璃花子選手は、リーチが身長比108%であることをスポーツ報知が2018年に報じています。

同様に、フェンシング全個人種目を通じて日本選手として初めて年間ランキングで世界1位を獲得した見延和靖選手も身長よりリーチが長いことが分かりました。

さらに身長に比してリーチの方が長くなることはスポーツ選手に限ったことではなく、成人であれば誰でも有り得る一般的なことだと小学生が自由研究で明らかにしました。 2020年の朝日新聞デジタルの記事です。

リーチを使った算出法

店主は刃渡りを検討するにあたって身長ではなくリーチを基準にすることを、故・古山義和先生から学びました。
古山先生は無双直伝英信流 教士八段でありながら無鑑査の装剣金工師という肩書きを持つ、一流の使い手であり一流の作り手であったすばらしい先生です。

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草津尚武館居合道部創立五十周年記念大会での古山義和先生(右) -flickerより

古山先生は、ご自身が居合家として研鑽し、弟子を指導し、道具を製作する日々のなかで、リーチにある定数を乗じて刃渡りを算出する方法を発案されました。 この方法は先生ご自身や関市とその周辺の模擬刀メーカーなどを通じて周知され、現在では広く知られています。

身長ではなくリーチを基準値として採用したのは、リーチ=身長とは言い切れないと肌感覚で感じとっていたからに他なりません。 「おおむねそうである」という不確かな身長よりも、リーチの方が信頼性が高く確実だと判断されたのでしょう。
そのため刀部では身長よりもリーチを基準にした刃渡りの算出を推奨しています。
このリーチから刃渡りを算出する計算式とは次のようなものです。

リーチ × 0.43
リーチの測定ではcm単位で値を取得することがほとんどですから、上記の式から求められた値を30.3で割れば尺貫法表記の数値になり分かりやすくなります(1尺=30.3cmのため)。
( リーチ × 0.43) ÷ 30.3
この式に前述の人体寸法平均を当てはめてみます。
18-29歳の男性のリーチは172cmですから、 (172×0.43)÷30.3=2.44 となり、この属性の方たちに適する可能性がもっとも高い刃渡りは2尺4寸4分であることがわかります。
(居合刀(模擬刀)の刃渡りは5分刻み指定の扱いが多いため、実際には最近似値である2尺4寸5分が候補になります)
もし今後、居合刀の入手を検討するなかで刃渡りに迷われた場合は、上記式から求められる値を参考にしてみてください。

守・破・離

ただし刀部では、この算出方法で求められる刃渡り以外が誤っているとは思いません。

居合道にはさまざまな背景から生まれた多くの流派が存在し、流派ごとに正解が異なります。
もし道場に通われているのであれば、ご自身の学ぶ流派の教えにそって刃渡りを選定することが最適でしょう。刃渡りに迷ったら、第一に先輩や先生に助言を仰ぐことをおすすめします。

しかし中には道具についてあまりこだわりのないおおらかな先生もおられます。
指示を仰げず困ってしまったり道場に通わず自己流で研鑽されている方などが、目安としての情報が欲しい場合に上記の算出式が役立つと嬉しいです。